ハワイ島ヒロを本拠地とするフラ・ハーラウ、ハーラウ・オ・カ・ウア・カニ・レフアのクム・フラ。
当ハーラウはメリー・モナーク・フェスティバルで最も多く のミス・アロハ・フラを輩出している名門ハーラウである。そしてアンクル・ジョニー自身もメリー・モナーク始まって以来クム・フラとして出場している唯一 のクム・フラ。ミュージシャン、作詞作曲家としても類いまれな才能の持ち主として知られている。

Reiko:
今日はお忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございました!先ずは、アンクル・ジョニーの生い立ちからお話を聞かせてください。
Uncle:
僕は7人 兄弟姉妹の下から二番目の子供として生まれたんだ。
父はカウ地方出身で、母はプナ地方の出身だよ。父はまだ僕が幼い頃に亡くなったので、母は女手一人で僕達を育ててくれた。母はとっても歌が上手でフラも踊っていた。一番上の姉二人も歌とフラをやっていてね、とっても上手だった。
僕もそんな母や姉達の影響を受けて歌を歌うようになったんだ。
姉は歌が物凄く上手でね、本当に天使の声のように綺麗な声の持ち主だったよ。
僕の声は高音で、よく兄達に「女みたい」、と冷やかされたものさ。当時は男性フォルセットなんて誰も思ってくれなかった。だから学校から帰ってくるとこっそり家の中で一人で歌を歌っていたんだ。しかも料理を作ったりしながらね(笑)!
アンクルとワンちゃん
アンクルがと~っても
可愛がっているワンちゃんと
でも家族の誰一人として、僕が歌を歌ってるだなんてまるで知らなかったんだよ。そんなある日、隣近所のおばさんが、「いつも家で歌ってる声は誰?お姉ちゃんたちとは違う声だけどものすごく上手だね」って母に言ったんだよ。
それで僕は母に呼び出されてね。忘れもしないよ、ちょうど家のラナイで上の兄二人と僕とでビー玉遊びをしていたところだった。母が「歌えるんだったら歌ってごらん!」と。あ~ばれた!と 思ったらもう心臓がバクバクしたよ。兄や姉達がいるところで歌わなければいけないなんて、もう本当に気が重かった。
二人の兄は僕がひそかに歌っているなんてことはまったく知らないから、歌える筈がないと笑っていたよ。でも逃げ場がないから覚悟を決めて歌ったら、母は何も言わずに頷いてくれた。僕の声を認めてくれた、そんな感じがしたね。
姉達は笑顔で「とっても上手だったわ」と言ってくれてね。それでなんか、人前で歌うということに対してふっ切れたんだ。
隠れて歌わなくても良い、ということも手伝って気分が軽くなった。その事がきっかけで、僕は姉達の仕事に付いて、姉が踊ったり歌ったりしていたホテルのショーなどで徐々に歌い始めたんだよ。
Reiko:
本当に歌うことがお好きだったんですね!
Uncle:
そうだね。一番上の姉がアンティー・イーディス(カナカオレ)の娘達や従姉妹等と親しかったから、アンティーのところで歌っていたんだ。
ハーラウのスタジオ入り口
ここが名門ハーラウの
スタジオ入り口だ!
あるとき、本土のツアーに行くのに、アンティー・イーディスがミュージシャンが必要になって、一緒に姉と仕事をしていた僕を誘ってくれたんだ。 そんなこともあって音楽とフラに触れる機会がたくさん生まれたんだね。
同じ頃、アンクル・ジョージ(ナオペ)にも紹介されて知り合い、アンクルのところでも歌を歌い始めたんだよ。
高校の同い年の連中とよく歌を歌っていたある日、バックコーラスとしてアンクルのハーラウで歌うチャンスに恵まれてね。アンクルのところで歌っていたのは、歌が上手な子ばっかりだった。
僕の姉がアンクル・ジョージのハラウで歌い始めたのは姉が15歳のときで、姉ともう一人のシンガー二人がメインのヴォーカルとして、アンクルのハーラウで歌っていたんだ。
当時僕は高校生だったけど、自分のバンドを結成してダンサーも取り入れたグループを率いていた。 頭は良くないから勉強はそんなにできなかったけど(笑)、とにかく作詞作曲をして自分の音楽を演奏したかったんだね。
ダンサー達はみんな僕の曲や歌詞に合わせて踊りを踊ってくれるから、最初は僕が歌ってダンサーが踊る、という感じでグループが結成され、ショーをしていたんだよ。
ハーラウのスタジオ
このスタジオからアンクルの
踊りの世界が生まれるのです!
それでアンクル・ジョージがメリー・モナーク大会の初年(1971年) に、「ぜひ出場してみなさい」、と熱心に進めるので、僕はフラの知識など何もなかったけど出場することにしたんだ。
チャントの右も左も知らなかったので、アンクル・ジョージが「僕がチャントしてあげるから大丈夫」、といってチャントしてくれてね。それが初年だよ。アンクルジョージが手取り足取り教えてくれたお陰でなんとかできた。本当にアンクルにはお世話になったね。振り返って見ると、初年から今でも現役でメリー・モナークに出場しているのは、僕しかいなくなってしまったよ!
Reiko:
それってすごいですね。38年間もの功績、それに歴史を感じます!
Uncle:
初出場した当時は僕もすごく若かったからね!まだ十代後半くらいだったかな?
アンクルはお酒がとっても好きで、僕もお酒はいける口だったから、昔はアンクルとは飲み仲間、ということでとっても可愛がってもらったんだよ(笑)。
Reiko:
お二人の一番好きな飲み物はなんだったんですか?
Uncle:
ビールかな?でも、お酒であれば好き嫌いなく飲んでいたよ。今はそんな無茶な飲み方は、健康的でないし、第一もうこの年齢だから、しないけれどね!
Reiko:
昔の思い出話がたくさんありそうですね~!
Uncle:
ハーラウでの踊り
衣装のオリジナリティーと美しさには
定評あるハーラウの2008年メリー・モナークでの踊り
思い出といえば、当時はアンティー・イオラニ(ルアヒネ 注:人間国宝と云われた伝説のフラ・マスター)もまだご生存だった。
アンクル・ジョージが僕をアンティーに紹介してくれてね。メリモの初出場以来とっても仲良くさせていただいた。僕のハーラウのパフォーマンスをいつも、「最高だ!」と言って褒めてくれて、それがものすごく嬉しかった。
アンティーの最後のお誕生日パーティーでは、僕のハーラウが彼女に踊りを捧げたんだけど、多分それがアンティーが亡くなられる前に観た最後のハーラウ・パフォーマンスになったんじゃないかな?
Reiko:
それは素晴らしい思い出ですね。伝説の人から太鼓判を押された、ということですもんね。
Uncle:
そうだね。ハワイ文化の継承者として素晴らしい人だったよ。
継承ということでは、僕はとにかく母がハワイ語を母国語とするネイティブ・ハワイアンだったので、その母からさまざまな事柄を学ぶことが出来た。非常に興味深い話をたくさん知っている人だったよ。
母はハワイ島のプナ地区で生まれ、祖母はカウ地区の出身だった。ハワイ語がペラペラだったし、ハワイ文化にも造詣の深かった母は、大学でハワイ語の上級クラスを教えていたんだ。英語で喋る方が苦手だったんじゃないかな?
Reiko:
プナやカウといえば、ハワイ島の中でも最もディープなエリアですものね。
ところで、アンクル・ジョニーのハーラウは、メリモの歴史の中でも最多数のミス・アロハ・フラの優勝者を送り出していらっしゃいますよね。 (計6人:'80、'81、'82、'83、'87、'01)。これって何か秘訣でもあるんでしょうか?
Uncle:
秘訣はなにも無いけど、僕はクリスチャンでキリスト教の敬虔な信者だから、神に祈るということを怠ってない、ということかな?
現実は必ず祈りの結果である、と信じているからね。
Reiko:
インスピレーションや創造力は全て信心から得られている、ということですね。
Uncle:
歴代ミス・アロハの写真
生徒や歴代ミス・アロハの写真で壁が
一杯の2階がアンクルのオフィス
そうだね。それに対して色々と伝統的ではないとか、陰で言う人はいるかもしれないけど、僕は僕の信じる道を行く、といった感じだね。
実はその信心を決定的にした事が実はあるんだ。随分前、4人目のミス・アロハ・フラに選ばれたジオラ・プアを僕のハーラウから出場させる、という時だった。
メリー・モナークの準備をする為に、ヴォルケーノ(火山国立公園)に、僕の助手の男子二人を連れ、花を摘みに行って、昼食をとる為にヴォルケーノ・ハウスに寄ったんだ。午前11時半ごろだったかな。男子がカフェテリアでランチを食べている間、僕は外のラナイでビールを飲んでいた。雲一つない、真っ青な空の広がる素晴らしいお天気の日でね。それで僕はキラウエア・クレーターを眺めながら、こう祈ったんだ「おお、神よ、もし火山が噴火する初期の噴火活動を今、目の前でお見せくださったら、ペレのことはもう信じません!」、とね。
Reiko:
ええ~!!??
Uncle:
そう、本当にその通りのことを祈ったんだよ。それでかれこれ小一時間が過ぎた頃、雲一つない青空を背景に突然石がボーンと飛んだんだ。なんだ!?と思ったら、突然水蒸気の柱の様なものが火口の端の壁から真横に飛び出したんだ!もう自分の目が信じられなかった。
ほら、この話を しているだけでチキンスキン(鳥肌)が立ってきたよ!そうして今度はその水蒸気の噴煙が益々勢いを増して、真っ赤などろどろの溶岩が流れ出てきているのが見えたんだ。一瞬自分の目を疑って、後ろを振り向いて誰か同じように気付いた人がいるか周りを見たけど、誰もいない、目撃者は僕一人だけ!でもとにかく目が離せないので、金縛りにあったように釘付けになって、その自然が目の前で豹変する様子を見ていたんだ。
そうしたら次はクレーターの真ん中から赤い火柱、それから黄色い火柱と交互に物凄い勢いで上がり、水蒸気の様な煙の柱も上がったり、と、とにかくその自然現象に圧倒され我を忘れ見入ったよ。
そして、ふと我に返って後ろを振り返ったら今度は人だかり。でも最初っから見ていた目撃者は僕だけだよ(笑)! まあとにかくその日はほとんどもう話が出来ないほど興奮したよ~!だっ て自分が祈ったことが目の前で披露されたんだから、驚いたのなんのって!
Reiko:
それは凄い体験ですね~!
Uncle:
ハーラウのパフォーマンス
ハーラウのパフォーマンスには必ずアンクルが
自作自演をする。
そしてその体験をもとにカヒコのチャントを作詞した。ペレが出て来たらどんな風に見えるか、というような内容のチャント。
衣装もスカートの裾を焼いて、火山灰をスカートに蒔く、というユニークな衣装のインスピレーションへと繋がっていった。だって神に祈ったら、神が祈りにお答えくださったんだから、そんなことが起これば素直に敬意の念がインスピレーションとして表現できるよね。
チャントの題は「ナネア・プウ・マカ・イ・ケ・アヒ・ペレ」。本当に信じられな いような体験をした。そんな体験をしたら、神を信じる気持ちが絶対的になるってことが理解してもらえるでしょ。
Reiko:
とにかく凄い!
Uncle:
この話は、今まで少人数のごく親しい人たち以外には話したことが無い体験談なんだよ。今日はこの話をシェアできて良かった。
Reiko:
え~、そうなんですか~!?そんな貴重な体験談をお聞かせ下さり、光栄です!今日はお忙しい合間を縫って、たくさんのお話を聞かせていただき本当にありがとうございました!
 

アンクル・ジョニーのハーラウに入団するには?

電話をして、アンティー・ディーディーとアポを取れば後は見学をし、先ずは体験入団。
アンティー・ディーディーはアンクル・ジョニーのお姉様達が他界された後からアンクルの右腕として約30年間にも渡り、ハーラウの全てを仕切っていらっしゃる方です。

  • ハーラウ名 : ハラウ・オ・カ・ウア・カニ・レフア(Halau O Ka Ua Kani Lehua)
  • 住所 : 17 Maka’ala St. Bldg. 4 Bay #7, Hilo, HI. 96720
  • 電話 : 808-961-5133 (連絡先→アンティー・ディーディー《Aunty Dee Dee》
  • メールアドレス : halaukauakanilehua@yahoo.com

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