オアフ島生まれ。ハワイ島ヒロを本拠地とする「ハーラウ・フラ・オ・カヒキラウラニ(Halau Hula O Kahikilaulani)」のクム・フラ。10歳の時に人間国宝のアンクル・ジョージ・ナオペに出会い、師事。アンクルよりウニキを受け、その後クム・フラとして活躍。2009年のメリー・モナーク・フェスティバルでは、ワヒネ総合第3位入賞を果たす。2009年はハーラウ創立30周年記念の年でもある。
諜報:2010年3月20、56歳という若さでお亡くなりになられました。
ご冥福お祈り申し上げます。
- Reiko:
- 今日はお忙しいところお時間を頂き有難うございます。そしてメリー・モナーク・ワヒネ総合3位入賞、おめでとうございました!
- Ray:
- どうもありがとう。
- Reiko:
- クムのハーラウがパフォーマンスした時、一番拍手喝采でしたよ!
- Ray:
-
それは本当に嬉しいことだね!多分ハワイ島ヒロに所属するハーラウということで、ハワイ島やヒロを代表することが数多くあるからかもしれないけれど、僕にとってメリー・モナーク・フェスティバルと言うのは、本当に特別な存在なんだ。
メリモのワヒネ・アウアナの踊り
初年からフェスティバルに関わっているから、大会が如何に成長してきたか、と言うことを考えると感慨深いよ。当時僕は未だ高校生で、アンクル・ジョージとアンティー・ドッティーの元で、二人のお手伝いをよくしていたんだ。大会が最初、アフック・チネン・オーディトリアムで開催されていた頃からだからね。色々な手伝いをしたなあ、舞台の飾りつけの手伝いだとかね。何しろ最初はチケット代がたったの$1.00で、チケットをさばくことすら大変だったんだから。それに付け加え、ロイヤル・コートで参列している人数の方が観客より多かった、なんてこともあったし。
- Reiko:
- 歴史を感じさせるお話ですね~。それではクムの略歴をお願い致します。
- Ray:
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僕はオアフ島で生まれ育ち、10歳の時にアロハ・デリレの母、アンティー・メアリー・ウォングからフラを習い始めたんだ。それからアンティーの妹のロケラニ・アンダーソンからも習った。そんな頃、アンクル・ジョージと出会ってね。
アンティー・ルアナから受賞の祝福を受けるクム
当時僕はタヒシャンのドラマーとして勉強をしていたんだ。ハワイ島からアンクル・ジョージがオアフ島へしょっちゅうやって来ては、メリー・モナーク等のフェスティバルに参加してくれるハーラウを誘致していた。その関係で参加ハーラウのお手伝いの為に、ハワイ島へ僕が行くことになってね。一度行って以来、それからずっとハワイ島に住みついてしまったよ!
- Reiko:
- アンクル・ジョージの誘いでハワイ島へ定住することになったんですね。
- Ray:
- オアフ島とハワイ島を行ったり来たり、アンクルと常に行動を共にしてたんだ。
その頃はワイキキでずっとトップの場所で踊っていて、パフォーマーとしての生活が主だったので、ショーやルアウなど、ポリネシアンからジャズまで、とにかくなんでもこなすという、エンターテイナー生活だったね!そして昼間はアンクル・ジョージと共に色々なカルチャー・センターでフラを教えていた。
そんな感じで20年ほど本当にず~っと長い間、中身の濃い時間をアンクルと一緒に過ごすことができたので、彼から本当に色々な事を教わったよ。だから私の教えの基本、マナオ、はアンクルからのものなんだ。そういった意味では僕はラッキーだったね。アンクルの開催したワークショップなどで大勢のクム・フラが集まり、お互いの踊りのスタイルなどを勉強する場にいたり、貴重なワークショップに参加するができたり。お陰で得られた知識や経験は不動のものだからね。それでウニキを受けて、自分のハーラウをもって教えるようになっても、アンクルには必ずブレッシングを受けるようにしていたんだ。でもあの頃はアンクルと一緒に毎晩朝まで飲み明かしていたからね~。どうやってそんなことができたのか、いまさらながら振り返って考えてみると、信じられないよ!
今年メリモのワヒネ・カヒコの踊り
- Reiko:
- クム・フラとなり一番難しかったことはなんですか?
- Ray:
- チャントだね。当時は正式なチャントのクラス、といったようなものがなかったからね。今は大学へ行けば、チャントの授業があるからいいよね。当時はそのようなクラスさえなかったんだ。車を運転している時に窓を開けて、アンクルの真似をして、大声でチャントの練習をしていたよ。
でもなんといっても、アンティー・アグネス・コープ(ハワイの文化継承者として人間国宝とされている人物)の最後のクラスに入学することができたのが、本当にラッキーだった。僕は彼女を車で送り迎えするのが任務だったけれど、車での移動中にアンティーから教わったことは、今でも貴重な思い出だよ。これもアンクル・ジョージが僕をそのような役割にあてがってくれたからなんだ。本当にアンクルには感謝しきれないよ。
- Reiko:
- クムのハーラウには、日本からの生徒さんが数名いらっしゃいましたね。
日本でフラを学ぶ者として、ハワイ語やハワイの文化の勉強は必須ですが、その他にどんな勉強や心構えが必要だとお考えですか? - Ray:
-
とにかく情熱、そしてやる気、だよね。日本にいるフラの生徒さん達とハワイにいるフラの生徒達と比べ何が一番違うかというと、ハワイの生徒達はもう既にハワイにいて、その環境の中にいる、ということ。それだけでも日本にいる生徒さん達は不利な立場にいる。でも、日本の人達は本当に真面目にハワイのことを勉強したい、と願っている人が多いからね。それは私のハワイの生徒達に是非とも見習わせたい情熱と姿勢だよ。献身的に、そして何よりも熱心にフラ、そしてハワイの文化を勉強しているその姿勢には、いつも感心させられるよ。なので、基本的な踊りのステップやハワイ語の勉強はもちろんとして、とにかく習いたい、と言う気持ちを常に保つことが大切だね。
地元ヒロのクムの受賞に観客は大喜びだった
- Reiko:
- ハーラウを設立させ30周年になり、これからのクム・フラとしての抱負はなんですか?
- Ray:
- 現在アラカイ(アシスタントの位)のクラスを2年間教えているけれど、教えるということについて言えば、踊りの中身は変わらないんだ。それは、僕がアンクル・ジョージから教わった踊りがそのまま30年経っても変わらないのと一緒。
踊りの本質はそのままハーラウと共に変わらないよ。その彼(女)等のクラスに託しているのは、今後教える立場になった場合、どのようなことが必要か、ということなんだ。教えるには大きな愛情を持って生徒を家族のように思いやる姿勢から教えなければいけないんだよ。
輝かしいハーラウの歴史が一目瞭然のコーナー
更に、ハーラウを運営する上で必要なビジネスの知識も教えているよ。僕は苦労してビジネスの部分を独学で学ばなければならなかったので、そこら辺は今後ハーラウを受け継いでもらうアラカイ達に、伝授したいと思ってるんだ。昔はハーラウというのはビジネスではなかったけれど、時代は変わって運営の仕方が変わってきたこともあるからね。
- Reiko:
- ハワイの文化継承のために今後どのようなことが必要だとお考えですか?
- Ray:
- 僕はハワイアンの持つ価値観を今後も伝えていかなければならない事から、自分のハーラウに「ハーラウ信条」というものを必ず勉強させ、暗記させるんだ。
これはハワイアンの持つ価値を箇条書きにしたものだけど、忍耐、愛情、謙遜など、本ではなく日常の中で感じ、学ばなければならない価値観、そして常識なんだ。これらを私の生徒達が実践し、よき例となり、回りの人々に伝えていくことができれば、こんなに嬉しいことはないからね。
- Reiko:
- 今日は大変お忙しいところお時間を頂き有難うございました!
~インタビュー後日談~
クムは甘いものがとっても大好き、と言うことでお持ちしたお菓子を美味しそうに召し上がってくださいました。ヒロの町でばったり顔を合わせると、満面の笑顔でお話をしてくださったり、そんな「スイート」で、きさくな側面をお持ちの方です。ですが、やはりハーラウでは非常に厳しい指導者なのだな、と言うことを感じさせます。厳しさの裏にある優しさ、それはクムがハーラウで教えていらっしゃる価値観を体現されていること。やはりアンクル・ジョージという偉大なるクム・フラより受け継いだ優しさと厳しさなのでしょうね。いつまでもヒロを代表するクム・フラとしてがんばってくださいね♪
吉田 玲子