オジー・コタニ

音楽特集インタビュー

第2回 オジー・コタニ

1956年オアフ島、ホノルル、パウオア地区生まれ。独学でスラック・キー・ギターを学ぶ。ハワイ大学マノア校にてピーター・メデイロス氏のスラック・キー・クラスを受講した後、スラック・キー界の巨匠、故サニー・チリングワースに師事。その後ソロ・パフォーマーとして第一線で活躍する傍ら、レコーディング・アーティスト、アレンジャー、そして教育者としてスラック・キー・ギターの伝統を汲む第一人者。グラミー賞のハワイアン・ミュージック部門で2006年及び2007年に受賞した、両コンピュレーションCDに参加している数少ないミュージシャンの一人である。今年ソロ・スラック・キー・ギターの新作CDを発売予定。

Reiko:
お久しぶりです!お元気そうですね。少しお痩せになったような…?
Ozzie:
お陰さまで元気にしています。そうなんですよ。タバコを止めて健康的な生活に切り替えたらちょっと痩せました!
Reiko:
喫煙者だったんですか~!? それは知らなかった!
Ozzie:
殆どの人が僕が愛煙家だったのを知らないんじゃないかな?仕事から帰宅してからが僕のタバコ・タイムだったから。ものすごいチェーンスモーカーだった(笑)!でも自宅以外ではツアー中でも殆ど吸っていませんでしたからね。健康管理の一環として止めたのですが、効果が出ているので良かったですよ。やはり長生きして人生をエンジョイしないとね。
Reiko:
普段はどちらに勤務されているんですか?
Ozzie:
ハワイ州立文化芸術財団で、州が保持する5000個以上のアート・コレクションの登録官として勤務しています。つまり保管されている芸術品の貸し出しや、購入、アートの在庫等のデータ管理ですね。管理職ではないポジションである、と言うところも気に入っています。
Reiko:
オジーさんの様に本職を持ちながらミュージシャンとして活躍しているハワイの方は多いですよね。
Ozzie:
オジー・コタニ
日系3世のオジー
優しい人柄は音楽に表れています
そうですね。私のスラック・キー・ギターの師匠であった故サニー・チリングワース、更にスラック・キー界の大御所、故ギャビー・パヒヌイから受けたアドバイスの一つに、「音楽は副業として必ず別の本職を持つこと」、と言うことがありました。実際に彼等も自分達が提唱したように公務員としての本職を持ちながら音楽に携わっていました。つまり当時は音楽を本職に出来るほどの収入源は得られなかった、ということですね。今は時代は変わりましたけれど、そのアドバイスを真面目に実行しています(笑)今ではそれなりにスラック・キー・ギタリストとして自分のニッチは確立できたと思っていますが現在の「本職」の仕事も好きなのでこのまま両立させていくと思います。
Reiko:
そもそもなにがきっかけでスラック・キー・ギターに興味をもたれたのですか?
Ozzie:
楽器としては小学校4年生のときにウクレレを習ったのが先ず楽器を弾く、と言う関わりでは初めてのことでした。高校時代はこのちっちゃな僕がチューバも吹いていたこともあるんですよ(笑)!その高校生のとき、学園祭で先輩達が舞台でスラック・キー・ギターの演奏をしたのを聞き「かっこいいな~」と思ったんです。丁度その頃、ケオラ・ビーマーのデビュー・アルバム、「ハワイアン・スラック・キー・ギター・イン・ザ・リアル・オールド・スタイル(Hawaiian Slack Key Guitar In The Real Old Style)」が発売され、ラジオでケオラのギターを聞きました。それは自分にとってとにかく衝撃的な音楽でしたね~。こんなギター・ミュージックがあるのか、とそれでスラック・キー・ギターのとりこになったんです。
Reiko:
独学でスラック・キーを学ばれたそうですが?
Ozzie:
そうなんです。例のケオラのデビュー・アルバムを何回も聞いて真似をする、という手法。チューニングなどもとにかく見様見真似でいろいろ試していくうちにだんだん弾けるようになったんですね。かなりの練習時間を費やしたことは確かです。でもアルバムの曲が一曲ずつ弾けるようになっていくことによりものすごい達成感を味わうことが出来ましたよ!
Reiko:
すごいですね!レッスンとかは受けなかったのですか?
Ozzie:
僕がハワイ大学マノア校に在学していた頃、音楽部のピーター・メデイロス先生が無単位の一般人を対称としたスラック・キー・ギターの夜間コースを教えていることを知り、そのクラスを受講することにしたんです。そこで初めてレッスンを受けました。彼からの推薦もあって真剣に演奏家としてのスラック・キー・ギタリストになることを考え始めたのです。なので僕の一番最初の先生は正式にはメデイロス先生、と言うことになりますね。
Reiko:
なるほど。巨匠である故サニー・チリングワース氏とは何時どんなきっかけでレッスンを始めたのですか?
Ozzie:
なんと僕の姉が新聞の求人欄に載っていたサニーの「生徒募集」と言う広告を見つけ、「彼が一番最高の人なんだから絶対彼からレッスンを受けるべきよ!」と言って教えてくれたんです。だからそのすばらしいきっかけを作ってくれた姉に感謝しなければいけませんよね。とにかく、姉がしつこく言うのである日サニーの奥さんのキキさんに電話をしたのです。それで、土曜日のグループ・レッスンの方が割安だから、ということで僕ともう一人、マット・ナカムラ、という生徒とレッスンを受けることになりました。彼とは後に1977年にリリースされたサニーのアルバム「サニー(Sonny)」で一緒にレコーディングすることになりました。
Reiko:
面白い出会いですね。クムとしてのサニーさんはどんな方でしたか?
Ozzie:
オジー・コタニ
音楽の話になるととても饒舌
とにかく素晴らしい人でした。僕の人生の中で最も影響を受けた人だと思います。背が高くて、深く太い声の持ち主で、とても優しく辛抱強い人でしたね。レッスンの最中でも必ず冗談や色々な話を聞かせてくれました。光栄だったのは、僕の事を「ウィザード(魔術師)」と名付けて一番優秀な生徒として可愛がってくださった、ということです。多分例えていうならば、僕はハワイ大学で基礎となることを学び「歩ける」ようになった。でもサニーは僕にそこから更に「走る」事を教えてくれたんですね。彼の妙技は本当にインスピレーションを与えてくれましたし歌も素晴らしかった。ただある程度の音感や技術がないと学ぶには大変だったかもしれません。昔なりの「見て学ぶ」という方法でしたからね。レッスンはカセットテープに録音させてもらい、自宅に戻ってから一時間前のレッスンのテープを聞き返しながら予習・復習の練習を続けました。
Reiko:
熱心で素晴らしい生徒さんですね~!
Ozzie:
おかげさまで最終的にはサニーが教えてくれたことの殆どを自分でも出来るようになりました。最も感謝しているのは、例えば右手を使って弦をピックするのにサニーは指2~3本使うところを僕は指4本でやる、というように、自分に合った奏法をやらせてくれた、ということですね。多分厳しい先生で教えの奏法通りにしかやらせないスタイルだったら僕の音質はまったく違うものになっていたと思います。
Reiko:
サニーさんとは何時から何時までレッスンを受けていたんですか?
Ozzie:
1976年ごろから一年間生徒として学んだと思います。最終的にはサニーから「もう教えられることは何もないからレッスンは終了だ。その代わり一緒にプレイする時間を作ろう」と言われました。それもあって、先に述べた1977年のサニーのアルバムに参加させてもらいました。それが僕にとっての初のレコーディングの経験となったのです。
Reiko:
クム・サニーから音楽以外にも学んだことはありますか?
Ozzie:
はい、サニーのお陰でハワイの文化についてもたくさんのことを学びました。その中でも人々に対し「アロハ」を持って接する、と言うことは特に大切な学びであったと思います。彼はハワイアンとしての血が一滴も入っていない日系人の僕に対してもなんの隔たりもなくあらゆることを教えてくれました。そういったことも含め、サニーが僕に伝えてくれたスラック・キーをこれからも大切に守り伝え続けていきたいと思っています。
僕がラッキーだったのは、スラック・キー、そしてハワイアン・ミュージック界の大御所たちと一緒に過ごす時間やプレイするチャンスにかなり恵まれたということですね。先に述べた故ギャビー・パヒヌイ氏ともたくさんの思い出がありますし、先日他界されたレイ・カーネ氏、故レオナード・クワン氏等と舞台で一緒に演奏できたのは今となればかけがえのない思い出となりました。もちろん僕のアイドルであったケオラ・ビーマー氏とも一緒にツアーを回るチャンスにも恵まれましたよ!ある日ケオラが楽屋にいるとき彼に「君は限られたパフォーマーにしかない稀な才能があるからもっと活動するべきだ」と僕の音楽活動の後押しとなる助言をしてくれたんです。とても嬉しかったですね。どちらかというと舞台上で演奏することが苦手だったので、彼等と過ごしたことで舞台に立つことの意義を教えられました。
Reiko:
そういえばオジーさんは日系三世ですよね。ご両親はどちらの県人の方達ですか?
Ozzie:
母方は和歌山県の田波という小さな漁村の出身。父方は沖縄県の出身です。日本へも又行きたいし、いつか両親の出身地にも行ってみたいと思っています。日本食も大好きですしね!
Reiko:
これからレコーディングに入るそうですが、新しいCDのリリース、楽しみにしています♪
Ozzie:
伝統的なスラック・キー・ギターの楽曲をたくさん集めました。まだまだたくさん紹介されていないスラック・キー音楽がありますからね。今月末からレコーディングに入りますので年内には発売できる予定です。
Reiko:
今日は大変貴重なお話をたくさん聞かせていただきありがとうございました!今後もますますのご活躍、一ファンとして楽しみにしています♪
Ozzie:
マハ~ロ!♪

インタビュー後日談:

ワークショップで講師として教えるオジー
ワークショップで講師として教えるオジー
いつもニコニコで本当に良い人を描いたようなオジー。突然のビデオ撮影リクエストにも係わらず気持ちよく了解してくださいました。彼のギター奏法の技術はまるでクラシック・ギターを勉強していた人のように確かで素晴らしい。それに加えてたっぷりとアロハがこもった演奏を聴くといつも心が温まります。最近はワークショップを開いたり、積極的にスラック・キーを伝承することに力を注いでいらっしゃるそう。「後どれくらい演奏できるかわからないからね」、とご謙遜されますが皆様もこれからますますオジーのスラック・キー・ミュージックに触れられるチャンスを楽しみにしてくださいね!

吉田玲子


ディスコグラフィー

ソロ作品
  • Classical Slack(カセットテープ)/Pacific Sound Design 1988
  • Kani Ki Ho`alu, The Sound of Slack Key/Dancing Cat Records 1995
  • E Ho`ohiwahiwa I Ka Mo`i Wahine, To Honor a Queen/Dancing Cat Records 2002
  • Paka Ua (Raindrops)/Daniel Ho Creations 2005
コンピュレーション
  • Hawaiian Slack Key Guitar Masters, Instrumental Collection/Dancing Cat Records 1995
  • Ki Ho`alu Christmas, Hawaiian Slack Key Guitar/Dancing Cat Records 1996
  • Hawaiian Slack Key Guitar Masters Collection, Volume 2/Dancing Cat Records 1999
  • Hawaiian Slack Key Christmas/Dancing Cat Records 2000
  • Windham Hill Winter Solstice:Silver Anniversary Edition/Windham Hill Records 2001
  • Hawaii Hana Hou/Orange Tree Productions 2006
  • Masters of Slack Key Live from the Ritz-Carlton/Daniel Ho Creations (Grammy Winner) 2006
  • Legends of Slack Key Live from the Ritz-Carlton/Daniel Ho Creations (Grammy Winner) 2007
コラボレーション
  • A Taro Patch Christmas w/Steve Sano/Daniel Ho Creations 2001
  • Remembrance, Omoide w/Steve Sano/Daniel Ho Creations 2003
ゲスト・アーティスト(参加作品)
  • Sonny/Sonny Chillingworth (LPアルバム)1977
  • Hawaii Aloha/Yuki Alani Yamauchi 1996
  • Sandii's Hawai`i 2nd/Sandii 1997
  • Sandii's Hawaiian Xmas/Sandii 1998
  • Anjani/Anjani Thomas 2000
  • Mahina O Wai`alae/Stephen Inglis 2007
  • Hawaiinawa/Teresa Bright 2007
DVD Guitar Playing Hawaiian Style with Ozzie Kotani/C View Pro

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